①なぎら健壱は銀座生まれである。

②なぎら健壱は下町生まれである。

③よって銀座は下町である。

「なぎら健壱」を間に挟むことで、③のような奇異な結論が導き出されて困惑しておりましたが、さらに④「調べたら本当に銀座は下町だった」という事実にぶつかり困惑はなお加速するばかりです。

 

そもそも「下町」とはどこを指すのでしょうか。感覚派からすれば、まさに「なぎらさんみたいな人がいるところ」なのですが、これでは「なぎら論法」から一歩も外に出られなくなるので、素直に「日本大百科全書」に従いましょう。

“1878年(明治11)に区制を敷いた地域で、現在の千代田、中央、港、台東、江東、墨田の各区の低地部をさす。(中略)上記6区に足立・葛飾・江戸川そして北・荒川各区が包含されて、広義にとらえられることもある。”

なぎらさんが生まれ育った銀座は中央区なので、下町です。それどころか、港区まで下町と言うからには、六本木も赤坂も含まれるわけです。クラブで腰を突き合わせて踊りながらテキーラを呷る人々や、ガラス張りの向こうで洋楽ヒットチャートを紹介するクリス・ペプラーを眺めながら、「やあ、下町風情があるな」と感じても定義上、誤りではないのです。大変です。クリス・ペプラーに「あなた今、下町にいますよ」と今すぐメールまたはファックスを送りたくなります。

一旦、クリス・ペプラーのことを忘れ、次の「なぎら論法」に移りましょう。

①なぎら健壱は銀座から新宿へ引っ越した。

②なぎら健壱は下町生まれ、下町育ちである。

③よって、新宿も下町である。

 

これは、無理があります。いかに「下町の定義」が拡張しようと新宿までも下町となった日には東京全域が下町になりかねないのです。さすがの「なぎら論法」も、これまでかと思えば、やはり成立してしまうのです。

なぎらさんが越した先というのは葛飾区の「新宿」。「しんじゅく」ではなく「にいじゅく」と読むのです。やられました。叙述トリックにも程があります。

まるで人を煙に巻くような話ですがどれも本当というのが何ともなぎらさんらしいとは思いませんか?クリス・ペプラーさんの下町の思い出も聞かせてください。リクエストは「なぎら健壱」で『葛飾にバッタを見た』。

 

ラジオネーム:洛田二十日(スタッフ)

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