くりぃむしちゅー有田哲平が、ついに【公式】YouTubeチャンネルを開設!!
第19回は【アントニオ猪木のベストバウト】後編!有田が選ぶTOP3のうち、残り2つは一体どの試合なのか!?有田が2つ目に挙げたのは、伝説の【こんばんは事件】で有名な、あの軍団との「変則マッチ」!猪木を執拗につけ回すヒール軍団との間で行われたまさかの試合形式とは!?そして3つ目の試合は、年齢を重ね引退を前にした猪木が、容赦なく攻められ続けた伝説&衝撃の一戦!「猪木の凄さ」とは一体何なのか・・・!?
※前編はコチラ▷https://youtu.be/kENv0VNhkJQ
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■この動画で有田さんがお話した大会・触れた大会
・1981.9.23 新日本プロレス 田園コロシアム大会
「ブラディ・ファイト・シリーズ」(アントニオ猪木vsタイガー戸口|ラッシャー木村の「こんばんは事件」)
・1982.9.21 新日本プロレス 大阪府立体育会館大会
「ブラディ・ファイト・シリーズ」(アントニオ猪木vsラッシャー木村|ヘアー・ベンド・マッチ※敗者髪切りマッチ)
・1982.11.4 新日本プロレス 蔵前国技館大会
「闘魂シリーズ」(アントニオ猪木vsラッシャー木村&アニマル浜口&寺西勇|1対3変則マッチ※1回目)
・1983.2.7 新日本プロレス
蔵前国技館大会(アントニオ猪木vsラッシャー木村&アニマル浜口&寺西勇|1対3変則マッチ※2回目)
・1996.1.4 新日本プロレス 東京ドーム大会
「96WRESTLING WORLD IN闘強導夢」(アントニオ猪木vsビッグバン・ベイダー)
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■視聴者のみなさまへ
有田さんが記憶をもとにその場で語っているため、多少、言い間違えたり記憶違いをされていたりすることもあるかもしれませんが、そのあたりも含めて、ぜひ有田さんの熱いプロレストークをお楽しみ頂けたらと思います!(スタッフより)
※この動画は、感染防止対策を行った上で収録しております。
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#プロレス
#オマエ有田だろ
#福田充徳
#新日本プロレス
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#昭和プロレス
#アントニオ猪木
#ベストバウト
OP作詞作曲:MC JAPAN&GREEN BREW STUDIO
OPCG:斎藤良浩
©2022「有田哲平のプロレス噺【オマエ有田だろ!!】」プロジェクト
37件のコメント
僕はベイダー戦で猪木がガチのイス攻撃でベイダーの頭をかち割ったのが衝撃でした。
いつの間にかホワイトボードになっとる
ラッシャーさんの律儀な人柄が、こんばんは!と言ってしまった!
一度でいいから兄貴と呼ばせてくれ!の人だからなぁ!
しかしながら、練習は真面目にしていて、新日本プロレス若手にプロレスラーの鑑だと云わしめたアニマルさんと木村さん、時代が過ぎた今だからわかりますね。
猪木ベイダー戦は最後のベストバウトだと思う。現地で見てたけどメインでもなければ準メインじゃなく、そこにuインターの抗争の脂のった時期だったけど、猪木自身、メインを食ってやろうと思ったんじゃないかな、見てる方もベイダーのエグイジャーマンからムーンサルトをノシノシ上るのをみてオイオイ。猪木死ぬぞって思ってた起死回生でアンドレの時と同じ腕固めでギブアップを取った時の盛り上がりとリングを去るボロボロの猪木の背中がものすごく痺れた一戦でした。
結局高田リベンジの、武藤戦のメイン食っちゃったしあそこで客の盛り上がりがピークに行ったんだよね。
お客さん10代なのに、国際軍団じゃないんだからーはまじウケる
リングをチェーンソーでくりぬく茶番劇もあったなあ。。。
ラッシャー木村のマイクを横取りして挑発したアニマル浜口>
いや、だから国際プロレス皆さん、みんな真面目ないい人だった、って事です。
全部が全部、空気を察してプロレスを成立させようって懸命だった、って事でしょう。
後年の行動見ればわかりますよね。
有田さんの、表情にベイダーの心裏や、猪木の真の強さが表現されていて、笑いもしつつ、引き込まれます
吉原功さんを知らないなんて論外。昭和ファンではないにしてもあまりにも勉強不足。しかも無名扱いは失礼だろう。
国際の社長?の吉原さん新日に迎え入れられてたのか
でもあんまり聞かないけど、長く勤務しなかったのかな
ベイダー戦は最後の最高傑作ですね
哀愁とノスタルジア漂うなんとも表現しずらい試合だが、起承転結はちゃんとあり
魔性のやられっぷりが様になる
ベイダーの格も落とさない、最後で最高のプロフェッショナルな仕事でありましたね
有田さんの真面目に冷静に表又裏の話しをきちんと話しをしている姿にプロレス愛を感じる、若かりし頃の興奮が蘇ります。ラッシャー木村さん、悪役になり切れなかった善人者でしたね。
私は、有田さんの前の時代のファンです。シン、ハンセン、バックランド、狼軍団が良かった。
ベイダー戦は、猪木氏よりベイダーに潰すくらい攻めろと言われていた試合と言われてますね。
ベイダーの生前の著書かインタビューで語っていましたね。
くの字にまがる程の強烈なジャーマンを受け、パンチを顔面に何発もくらい、トップロープからのムーンサルトを受け、受けの美学を象徴とした戦いでした。
実況アナウンサーも猪木氏がベイダーの強烈な技を受けながらも魔性の力で返す姿に、「世間で自死も考えている人ヘ食いとどまる発言」もしていました。
それ程のインパクトのある戦いでした。
身体が衰えてボロボロになりながらも魅せるレスラーはアントニオ猪木しか出来ない事だと思います。
現在も国の指定難病の心アミロイドーシスに発症しながらもあえて隠すさずに闘っている事もアントニオ猪木しか出来ない事だと思います。
もう猪木氏を超えるレスラーは現れないと思います。🔥🔥
猪木対国際軍団の、一回目の一対三の試合は、リアルタイムで観た、猪木さんの試合のベストバウトです。当時、中3でした。
黒装束で、国際軍団が花道から、入場したとき、帰れコールの大合唱で当時の、猪木対国際軍団の一連の抗争は、
リアルタイムで観て、当時大興奮しました。
「こんばんは」じゃないよ。「みなさんこんばんは」だよ。見ててひっくり返ったよ。
みんなコメントしてるとおり、あのジャーマンには思わず、テレビで見て声が出た。
あのあと、全日本に上がったベイダーには何か残念感があった。あのラッシュを見せてほしかった。
猪木対国際軍団の山本小鉄は素晴らしかった
あれぞ名レフェリーと思ってしまいましたね
猪木対ベイダー戦は上田さんが選ぶ猪木ベスト試合だった気がします
猪木さんの試合で好きな戦いは勿論沢山あり、なかなか決めるのが難しいですが、自分の中では(何年か忘れましたが)ワールドリーグ戦で猪木が初優勝したクリス・マルコフ戦が一番印象に残っています。何といってもこの試合で初めてアントニオ猪木というレスラーの存在を知り、マルコフの反則技に終始責められ顔面血だらけになりながらも最後に'アントニオスペシャル(卍固め)'を決めて勝利したのを見て一気にファンになった試合でした。
一回目の猪木対国際軍団のハンディキャップマッチは、リアルタイムで観た試合の中で、ダントツ一番の、ベストバウトです。当時中3でした。昭和57年十一月四日蔵前の試合でした。テレビ観戦でしたが。リアルタイムで観ました。生観戦で観たかったですが、下関に住んで、中3なんで無理でした。独特のテーマ曲で、花道から、黒装束で、国際軍団が入場すれば、帰れコールの大合唱で、物はリングに投げられるし、お客さんは大興奮で、テレビ中継でもその興奮が伝わりました。当時、中3でしたが、ビデオがあったので、親に頼んで録画してもらえばよかったと、大変に後悔してます。高1になり、明くる年の58年の4月から、ビデオに録画し始めました。コマーシャル入りで。ベータで、カビだらけでしたので、父が、DVDに移してくれました。保管用に。原本のベータで、カビだらけのテープは、捨てられて、処分されましたが、保管用の、移した、DVDは、今となっては、お宝です‼️😛昭和58年4月から、昭和62年ぐらいまで、主に新日で、全日も含め、三十数巻のビデオテープを、三十数枚のDVDに移してくれました九十歳の父が。コマーシャル入りで。リアルタイムで当時観た証しに、なりますので、今ある三十数枚のDVDはお宝です。
当時、ラッシャー木村さんは凄く罵声を受けていたけど、ご本人は仕事として割り切り、こなしていた、すごく良いひとで人格者と聞いて、気の毒になりました。新日本での扱い。。このカードは特に勝っても負けても国際側には何のメリットもない、かわいそうでした
1対3の二戦目の主審はピーターでしたね。
だからかはわかりませんが、一戦目こそが名勝負でしたね。
福田は真のプロだよね
ベイダーvs猪木は初見動画で見た時は感動すら覚えた
猪木さんがご逝去されました。有田さんショックだろうな。どんな猪木さんのものまねタレントより有田さんの猪木さんのものまねが本当に好きです。本当に悲しいとは思いますが、いつか追悼の動画を期待したいです。心よりお悔やみ申し上げます。
訃報を知り、また見に来てしまいました。
アントニオ猪木は永遠にファンの心に生き続けます。有田さんには生涯語り継いでもらいたいです。
自分もベイダーとの一戦が晩年のベストバウトです。あの受け身というか、やられっぷりは、すごかったです。プロレスの受け身の凄さを見せつけられた一戦でした。
やはり猪木さんは、強いだけでなくルックスがカッコイイだよな、特に僕個人は昭和48年~49年のもみあげ生やしていた頃が特にカッコいいと思います。
有田は脳外科で検査してもらって!
白板の書き方がおかしい…(´・ω・`)
有田さん この番組でお話するのを よろしくお願いします
96年のベイダー戦も好きですが、88年のIWGPヘビー級挑戦者決定リーグ戦のベイダー戦も好きです。
リングを固定する金具でベイダーの左腕を切り裂いて、最後はあのアンドレからギブアップを奪った腕折り固めで勝利して見事にリーグ戦優勝を決めました。
猪木さんの評価は、その人が何時の猪木で違ってくると思います。新日本旗揚げ前の日本プロレス時代。人によれば東京プロレス時代も人もいるでしょう。そして、新日本初期の70年代の人。80年代の人。最晩年の90年代で違うと思います。レスラーの評価も違います。ビルロビンソンは猪木のこうのをヨーロッパスタイルと言っています。スタンハンセンはアメリカンスタイルとヨーロッパスタイルと日本の武道をミックスした猪木独自のスタイルだと言ってます。84年デビューの武藤さんはアメリカンスタイルを猪木さん独自にアレンジしたものと言ってます。時代は違えば感じ方も違ってくると思います。私自身は78年からの猪木ファンで、ハンセンさんが一番的を得ていたと思います。
ベイダー戦が素晴らしい記憶となったのは猪木さんは勿論ですが、ベイダーさんのおかげです。
普通にガチでやったらベイダーが負けるなんてのはありえませんから。
山口敏太郎とかいう馬鹿が自分は山本小鉄みたいな存在やねんと抜かしてましたが、今回の話を聞いてどこがやねんと思いました。素晴らしい!!
猪木VSジェシーベンチュラが面白かったなぁ!
テレビで猪木さんの事、拝見しました。只感動の一言です。これこそ、国葬にしてほしかったです。今頃は馬場さんと向こうでタックを、組んで試合してると、思います。
古館さんが自身のチャンネルでベイダー戦のバックストーリーについて語られてます。
そちらも是非ともご覧いただきたい。