0:00 友達100人できるかなを否定
2:14 タモリさんの名言

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【友達】流石の僕も目玉が飛び出るかと思いました。林先生の発言には違和感しかなかったですが…【 岡田斗司夫/ 切り抜き/ サイコパス】 okada toshio

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24件のコメント

  1. 「ともだち100人できるかな」って

    100人と友達関係を継続させる事を持つ事『ではなく』

    他人と、いかに早く友達関係になる事が『できるか』

    だと思っていました

    つまりは、ザックリ義務教育のあいだで

    人を見極め100人と何かしら業務的な事ではない会話が出来ればOKであって

    交友関係を100人と継続させよではない…と

    『一人で飲食店や居酒屋に入ってただ淡々と飲食して帰る事が出来るから平気』

    ではなく注文以外で何か言葉のキャッチボールをして

    せめてその場だけでも親しくなる事ができるスキルを持っておかないと

    それこそ【火垂るの墓の少年状態】という厳しい人生になるのではないかななんて思います。

  2. 人は一人で生まれて一人で死ぬ。
    孤独は当たり前で寂しがるものでも悲しがるものでもない。

    それと友達がいるかいないかは別の話。

    友達は出来るものではなくて、成るもの。

    「今日あの人と友達になった」そう思ったならその人は、その人にとって友達。

    人は当たり前に孤独な訳だから気持ちは当然一方通行。

    それでいいのだ。

  3. 人脈というのはまず友達から始まるものだと思う。
    タモリの人脈の広さは周知の事実で直接の友達は少ないだろうけど、ツテのツテを含めると膨大な数になるのではないだろうか。

  4. 私の父に友人だと紹介された人はほぼ居ないが、定年退職してから愛犬と家族と暮らしているがとても楽しそうだ。
    犬友達はいるようだが、話し相手程度でたまに合う友達を一人も見たことがない(笑)
    でも、とても幸せそうだし、人生楽しそうだ。
    友人の数、有無、深さで幸せは量られないなぁと思う。
    家族がいるからかなぁ?

  5. 大体が「友達」なんていう言葉は、昭和の残骸のように思えてなりません。
    戦後の貧しい暮らしの中で、思い通りにならない柵や、家族にも打ち明けられない鬱積した思いを話せる
    間柄として使っていたのが「友達」という関係性ではないかと思います。昭和の頃には美しい言葉だと感じた
    時期もありましたが、時代が経てゆく中で軽率に「友達」という言葉を武器にすり寄ってくる輩に随分と
    迷惑を被られて来ましたので、「知人」とか「顔見知り」とか「同級生」とかの表現で一線を引くようにしています。
    軽々しく扱える言葉ではないですよね。

  6. 以前から歳を重ねるのは、友達減らして行く作業が伴うとは考えていたから溜飲が下がる思いでした。タモリさんは流石ですね。

  7. 約50年前に読書終了。高校大学の友人は今どうしているのやら。生きているのか死んでいるのか全く興味が無い。今は遺伝子と対話することが楽しい。

  8. 要は、知り合い、と、友達は、違うし。とにかく、人と一緒に居るのが、好きな奴と、1人で居るのが、好きな奴、との違いですかね。でも、1人好きでも、人間嫌い、では無いよ。

  9. 友人関係に悩んでいる人に対して、無理に友達を作らなくていいよということだったと思う。
    自然にできるときはできる。多いからと言って人生が豊かになるわけでもない。
    「友達100人できるかな」のように友達が多い方がいい、友達は必要であるという常識(偏見)を植え付けるのは良くないということ。気の合う人がいれば仲良くすればいいけど、いないからといってどうということはない。
    こういうのが多様性じゃあないかな。

  10. 一緒にいて、違和感や寂しさを感じる人っていませんか。
    話のとっかかりが見つからず、話してもつまらない…。
    「あー時間を損した〜。」と感じたら、2度目はないですね。

  11. 年齢と経験によるところが大きいかな。もちろん、その人の生来の資質によるんだけど。
    その人が思う友達ってやつの定義によって変わってくるね。
    林氏のは友達と言うものを別のもので代替可能だと言い切ってるって感じね。なので、タモリ氏の主張ともまた違うかな、と。

  12. 100人会う中で1人くらいは会う人いるだろうから、結果的に99人は通り過ぎちゃうことになるな

  13. 友達100人出来るかな?と言うのは100人作りなさい、100人いないとダメというふうに文字通り捉えるから嫌悪感を覚えるのであって、小学校に上がったら今よりも多くの友達(先生、知り合いの大人含め)と出会えたらいいなぁ…という人として当たり前の素朴な感情を歌ったもの。でも、それを「価値観の押し付け」と否定するのもその人の自由でしょう。要は友達なんて自分が好きなだけ作れば良いし、出来ないからといって悲観するものでもないです。
    自分の経験談で言うと日本人は内向的なので友達を作るのはすんごい大変です。海外(特に南米とかラテンの国)に行ったら嫌でも友達なんて出来ますよ。
    また、コロナ禍が収まったら外国人バックパッカーが集まるゲストハウス(「ロンリープラネット」とかに載ってる)にでも行けばそれこそ「ジャパニーズフレンド、かもーーん!」って言ってくれるヒマ人バックパッカーは掃いて捨てるほどいます。日本でやるのが気恥ずかしければ、コルカタのサダルストリート、サイゴンのデータム通り、カンボジアプノンペンのキャピトルゲストハウス(まだあるのかな?)とか幾らでも「トモダチ供給スポット」はありますよ。

  14. まぁ、それは人によるやろ わざわざここで議論する必要はない
    っていうのは冗談にして、社会構造が人を作ると考えたときに
    友達100人推奨社会の犠牲になって非本来的な生き方をしている人間がいるのは想像に難くないね

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