【麒麟がくる】の登場人物・細川藤孝(演:眞島秀和)の生涯
について紹介しています。

~目次~
■『細川藤孝』役は眞島秀和さん!
■戦国のMr.パーフェクト
■永禄の変で生活が一変
■藤孝と光秀
■本能寺の変、その時藤孝は…?
■田辺城の戦い・真の勝ち組の底力
■まとめ

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脚本・監修:歴史じっくり紀行

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29件のコメント

  1. 明智に味方しなかったのは、結局信長の死を確信できなかったからだと思う。明智につくか、織田方の豊臣秀吉に味方するか、家名存続のために迷いに迷ったはず。

  2. 細川藤孝は地味な戦国大名だか足利義輝から徳川家康まで中心の時代を担う凄い人生を送ったね
    細川藤孝から見た戦国、安土桃山期のほうが豪華絢爛と群雄割拠盛衰を色々と理解できそうですね

  3. 武人、歌人、としても優れていたが故、光秀の本能寺の変が主君への謀反に思えて援軍できなかったのでしょう!細川藤孝の高潔さが伺えます。

  4. 戦国時代劇に登場すること自体が珍しいと言われる三淵藤英。
    彼も信長の元で不可解な最期を遂げているが、
    本能寺の動機に絡める意図があるのか無いのか。
    藤孝は麒麟がくるでは将軍足利義輝に忠節を尽くしているが、
    史実では自らが救出したのちの将軍義昭と盟友光秀を見限ってしまうが、
    その変心をどう描くのか。

  5. 藤孝の兄・三淵藤英が麒麟がくるに登場して驚かれましたが、
    コロナ中断で脚本が変わったのか
    谷原章介さんを当ててるのに最近は影が薄いですね。

  6. 血筋もよく文武両道。
    ただ、義昭引っ張ってきたのは、如何かと。
    こんな真っ当な人物の子が、極上ツンデレ。
    おっきーも、伊也ちゃんも。

  7. そうなんですね。好きな武将は誰?と聞かれたら細川藤孝と言いますw関係ないですが、石田光成も好きですw

  8. 細川藤孝と光秀の二人の地位の逆転に目をつけたのが秀吉。一枚岩のような二人の仲を離間させてゆく人たらしの天才秀吉。鳥取城攻めの時たまたま補給作戦を
    命じられた細川氏との縁で秀吉は家老松井康之に接近した。本能寺までのわずか数年足らずで光秀の知り得ない藤孝になっていた。もし光秀と親密なまま事変が成功していたら細川氏はNo.2の座は堅かったろうにそれを振ってまで秀吉に傾いたのは何故か?

  9. 光秀は最初,細川藤孝の中間,として使え、その後、将軍家の足軽衆(後の足軽とは違い将軍直属の
    侍、)となり、藤孝の使い番として、信長と接するうちに、認められ信長の直臣となった。
    藤孝は名門大名でもあり、当時すでに従四位兵部大夫という高い地位にあるので、信長の家臣と
    しても、朝廷との連絡役や、相談役として、特別な扱いをうけていた。

  10. この肖像画は初代細川藤孝。初代細川藤孝は朴系足利氏だった。
    戦国時代の収束に活躍したのは、日本先住民えみし民族の藤原総本家である冷泉家が、大和民族(ヤンバン両班)の足利系細川氏(李系)が応仁の乱で持ち込んだ犬蠱により糜爛した足利系細川家を救うために乗り込んだ第3代細川藤孝であり、瞳の大きい人物だった。冷泉家に臣従した足利系細川氏に敬意を表して、冷泉清隆は細川藤孝を襲名した。襲名なる用語もこの時できた。
    応仁の乱で足利系細川氏が持ち込んだ犬蠱こそが、戦国時代を演じさせたのである。

  11. この男、親友の光秀の娘を息子にもらいながら、光秀の頼みにも応じず、直ぐ出家か。お家を守るのは分かるが、全く大義のない、歴史的にも価値がない武将。秀吉、家康がよく信用したもんだ。

  12. 信長殺してもその下に秀吉、権六とかの幹部を敵に回した時点で負けは確定している、信長殺したら本懐だったんだろ、織田家を掌握するなら調略&調略だしなあ

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