@takashi-geinou on 2024-12-27 10:05 am 懐かしいです😳😳ご視聴いただきありがとうございます。動画が良ければ『高評価』と《チャンネル登録》していただけると励みになります😭
@saydon8170 on 2025-01-06 10:18 am 赤塚先生の弔辞は白紙のまま読まれた話、「私も貴方の作品です」は感動しますね。タモリが世間から飽きたらこの通帳で食わせてやる、結局一銭も使わず、というよりタモリさんの才能で第一線のままですね。通帳どうなったのだろう?
@原一-d7j on 2025-01-11 2:46 am 赤塚不二雄は売れなかった。天才石森章太郎から助手として援助されていた。廃業も考えたが斬新なギャグ漫画で開眼した。彼の書くキャラクターは素晴らしい。
@Nobnnn on 2025-01-11 5:52 am 70年代、短波ラジオ(BCL)がブーム。タモリはアマ無線の資格も持っていてよく北京放送とか北朝鮮の放送の物まねをしていましたよね。TV番組で和田アキ子とプロレスラーの「ザ・デストロイヤー」とタモリが出演。タモリがトカゲの物まねとかやって和田に紙製の扇子を大きくしたようなものでひっぱたかれるシーン。なつかしいですね。
@井上徹-g5d on 2025-01-12 1:39 am この喧嘩は、わざとしていた事で、周りの人が本当だと信じていて、あとで赤塚さんとタモリさんが大笑いするというネタでした。喧嘩をするときは行きつけのスナックであり、表へ出ろ!と言って2人は外で大笑いと言うのがネタでした。さすがです。
@路傍の石-p5d on 2025-01-13 3:05 am 両方とも、とんでもない天才ですが、お互いに「食えなくなるのではないか」と心配してらっしゃった。それは、お互いに、世の中に迎合しない芸風だと分かっていたからなんだろうと思いました。
@zalahm629 on 2025-01-13 7:23 am 赤塚不二夫がいる。あれが赤塚不二夫だ。舞台上で赤塚不二夫を確認した時タモリさんは緊張することさえできなかった と弔辞でおっしゃっておられましたね またその弔辞では 麻雀をする時赤塚不二夫はツモでしか上がらなかったと 語っておられましたロンした相手が不機嫌になるのが嫌だったのです 私もあなたの 数多い作品のうちの一つです 合掌 としめた あの弔辞 覚えていますワイドショーでみた
@Zero-v8o7z on 2025-01-13 9:33 pm 誤解するかも知れないので補足します。ケンカ話はそういう遊びをやっていたらしい(当時のオールナイトニッポンより)。タモさんは直ぐに売れてしまったが、奥さんを呼び寄せてそのまま赤塚さんのマンションにしばらく住み続けた。その数年後に赤塚さんの連載が全部終わった時期があった。これはまずいと家賃を振り込む様にした。赤塚さんは売れっ子漫画家だったが、色んな人を援助していた為に、思ったほどお金を持っていなかったらしい。どうもその辺の事がタモさんの耳に入っていたとみられる。赤塚さんは振り込まれたお金を使用しなかったというのは本当。この一連の流れの話を武田鉄矢さんがラジオで話した内容がYouTubeに上がっている。
@chu-nenj on 2025-01-14 1:58 pm 赤塚藤雄は敗戦後満州から母子でやっと新潟にたどり着いたが次女は途中でジフテリアに掛かり死亡し末の妹は衰弱して着いて間もなく亡くなったそうです,父親はシベリア抑留で帰っては来たが身体は弱っていましたし母親もクモ膜下で50代で亡くなりました,と言う壮絶な過去を持ちながらあのギャグマンガを描いていたんです。
@ta-chanpe888 on 2025-01-15 10:18 pm 8分にも及ぶ白紙の弔辞···歌舞伎の勧進帳を真似たものと知った時、タモリさんの才能とそれを見抜いた赤塚先生の才能の凄さを感じました。お互いを思いあって恩を恩で返すって素敵ですね😢弔辞の最後、私もあなたの作品ですという声がふるえていてタモリさんの感謝と淋しさが伝わってきました。時々、聞きたくなります。
@suiseibank on 2025-01-16 1:06 am 赤塚不二夫が売れない時期なんてあったんですかね。ずっとヒット作連発していたし、いつもテレビではアニメが流れていた。グッズも多かったし。
42件のコメント
懐かしいです😳😳
ご視聴いただきありがとうございます。動画が良ければ『高評価』と《チャンネル登録》していただけると励みになります😭
赤塚先生の弔辞は白紙のまま読まれた話、「私も貴方の作品です」は感動しますね。タモリが世間から飽きたらこの通帳で食わせてやる、結局一銭も使わず、というよりタモリさんの才能で第一線のままですね。通帳どうなったのだろう?
私が地上波テレビを一切観なくなったのはタモリ倶楽部が終了してからです。 最後の砦だったなぁ…
今の時代こういうのはないよなぁ。
なんでなくなっていったんだろう。恩を仇で返す人ばかりだよなぁ
愛がある2人が羨ましい❤
カッコいい男同士のカッコいい関係
あぁ、裸になって【同じ布団で同衾された】お二人ですね😂
赤塚不二夫が行きつけの飲み屋でタモリに惹かれた…てのは有名なお話で二人ともその分野の天才なんだろう
胸が熱く成りました。これが人間愛ですね。
『私も貴方の作品の1つです』この言葉、本当に素敵だった
なんと暖かい心の交流なんだろうか。感涙
タモさんの弔辞「私も貴方の作品です」は何度聞いても名言で目頭が熱くなる。
タモリに提供した自分のマンションに着替えを取りに来ていた話が好き。
いい話のはずなのにクスッと笑える。赤塚先生の真骨頂。
タモリってそんなことできるひとだったんだ😅やさしいとこあるね😮
「私もあなたの作品です」は感動しました。
いい話なのか、悪い話なのどっち?
天才と天才の素敵な関係。
晩年の酒びたりの赤塚さんを見てたタモさん、どんな気持ちだったんだろうなぁ…。
赤塚不二雄は売れなかった。天才石森章太郎から助手として援助されていた。廃業も考えたが斬新なギャグ漫画で開眼した。彼の書くキャラクターは素晴らしい。
二人はもう、親子それ以上の関係なんでしょうね。
70年代、短波ラジオ(BCL)がブーム。タモリはアマ無線の資格も持っていてよく北京放送とか北朝鮮の放送の物まねをしていましたよね。TV番組で和田アキ子とプロレスラーの「ザ・デストロイヤー」とタモリが出演。タモリがトカゲの物まねとかやって和田に紙製の扇子を大きくしたようなものでひっぱたかれるシーン。なつかしいですね。
タモリ氏の赤塚不二夫氏への弔事は白紙であった、と聞いております。🙏🙏🙏💮💮💮👍👍👍
最近こう言う話し聞かないよね。
最近の芸人やタレントは、
どこかサラリーマンみたいな人間ばかり。
絶対食いっぱぐれる事のない天才同士の
アイツが落ちぶれたら俺が食わせてやるんだという
神々の遊び
赤塚不二夫さん、豪傑ですね
チカラのある人はチカラを蓄えている人が見える
この喧嘩は、わざとしていた事で、周りの人が本当だと信じていて、あとで赤塚さんとタモリさんが大笑いするというネタでした。喧嘩をするときは行きつけのスナックであり、表へ出ろ!と言って2人は外で大笑いと言うのがネタでした。さすがです。
せめて『タモリさん』長生きしてTVに出続けて欲しい。黒柳徹子さんの様に😹志村けんさんが残念です😭
大久保のでしょ 高級じゃないです
両方とも、とんでもない天才ですが、
お互いに「食えなくなるのではないか」と心配してらっしゃった。
それは、お互いに、世の中に迎合しない芸風だと分かっていたからなんだろうと思いました。
すばらしいよ・・・
赤塚不二夫がいる。あれが赤塚不二夫だ。
舞台上で赤塚不二夫を確認した時タモリさんは
緊張することさえできなかった
と弔辞でおっしゃっておられましたね
またその弔辞では 麻雀をする時赤塚不二夫は
ツモでしか上がらなかったと 語っておられました
ロンした相手が不機嫌になるのが嫌だったのです
私もあなたの 数多い作品のうちの一つです 合掌
としめた あの弔辞 覚えていますワイドショーでみた
誤解するかも知れないので補足します。ケンカ話はそういう遊びをやっていたらしい(当時のオールナイトニッポンより)。タモさんは直ぐに売れてしまったが、奥さんを呼び寄せてそのまま赤塚さんのマンションにしばらく住み続けた。その数年後に赤塚さんの連載が全部終わった時期があった。これはまずいと家賃を振り込む様にした。赤塚さんは売れっ子漫画家だったが、色んな人を援助していた為に、思ったほどお金を持っていなかったらしい。どうもその辺の事がタモさんの耳に入っていたとみられる。赤塚さんは振り込まれたお金を使用しなかったというのは本当。この一連の流れの話を武田鉄矢さんがラジオで話した内容がYouTubeに上がっている。
タモリの弔辞は勧進帳のパロディ、さすが芸人。
赤塚不二夫
この人から現代人が学ぶことはまだまだ有るぞ
赤塚藤雄は敗戦後満州から母子でやっと新潟にたどり着いたが次女は途中でジフテリアに掛かり死亡し末の妹は衰弱して着いて間もなく亡くなったそうです,父親はシベリア抑留で帰っては来たが身体は弱っていましたし母親もクモ膜下で50代で亡くなりました,と言う壮絶な過去を持ちながらあのギャグマンガを描いていたんです。
これだけ好き同士ならやれるかも!って二人裸で抱き合った話も好き
8分にも及ぶ白紙の弔辞···歌舞伎の勧進帳を真似たものと知った時、タモリさんの才能とそれを見抜いた赤塚先生の才能の凄さを感じました。お互いを思いあって恩を恩で返すって素敵ですね😢弔辞の最後、私もあなたの作品ですという声がふるえていてタモリさんの感謝と淋しさが伝わってきました。時々、聞きたくなります。
泣ける話だな😭
赤塚さんこそ恩師だな😭
タモリさんは、幸せ者だなぁ👍
赤塚不二夫が売れない時期なんてあったんですかね。ずっとヒット作連発していたし、いつもテレビではアニメが流れていた。グッズも多かったし。
これがほんとうの日本人の意地なんだろうね
破茶滅茶な私生活、脳天気な態度、実は…な裏の顔…全部引っくるめた一部の"顔"がタモさんとの関係だったのカナ、と思う今日この頃。
マッパで抱き合っていたらたら男同士でもしたくなるのか?を実際二人で試した話すこ。なお全くその気にはならなかった模様。