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37件のコメント

  1. で、この後に三船敏郎が詫び入れに来たが、顔中包帯巻きの姿で現れた。それを見た安藤昇は「馬肉で冷やすと腫れは早く引くよ」と治療アドバイスをしてくれた。

  2. 三船敏郎は酒癖悪いんやなぁ 
    世の中には控え目に考えて10人に1人 
    厳しく見ると5人に1人は酒癖悪い奴居ると思う

  3. まあ、当時は893と芸能人の境界線がなかったからね。「仁義なき戦い」で本物の893に演技指導してもらったこともあった。

  4. 自分の知ってる話とちょっと違うな。安藤昇と三船敏郎がタクシーに乗ってたときにいきなり殴って、安藤がタクシー止めさせて三船を車から引きずり出してボコボコにしたって聞いたことがあったけど違うのかな。
    まぁ何にしても三船敏郎は酒癖悪かったから石原裕次郎もあまり共演したくなかったとかいうし。

  5. 完全に今なら許されませんし、当時でも許されないことだと思います。一旦ヤクザ家業で収入を得ていたのなら、その後当該業界を引退したとしても、何があっても気質に手をださないくらいでないとダメだと思います。安藤さんがスターであったという事自体が当時の映画界芸能界がダメだったて証拠だと思います。

  6. この人の出演作はほとんどレンタルして観たっけ。
    元々演技の訓練を一から積んだ、根っからの俳優ってワケじゃないから、どの役柄でも同じなように見えてしまうのは、まあ仕方ないっちゃ仕方ない。

    けどそんな事など問題にもならない位、この人にはそういった小手先の演技云々を超越した、強烈な存在感や、ダークなニヒルさが魅力だった。

    こういう裏社会を生き抜いた者だけが持つ、独特な雰囲気は、根がカタギに生まれ育った俳優たちじゃ、とても真似出来そうにないな。

  7. この人と鶴田浩二との関係性とかどうだったの?
    あちらもとんでもない気難しい人だったから(^^;
    ※安藤の旧知のアニキ分で鶴田浩二を呼び捨てにしていた
    丹波哲郎こそある意味最強だったのか?w

  8. 東宝の労働争議は47年~48年「来なかったのは軍艦だけ」と言われるほど占領米軍が介入するほど戦後最大級の労働争議。47~48年辺りは安藤は単なるチンピラ(愚連隊)に過ぎない(「安藤組」設立は1952年)東宝争議をきっかけに映画界に「食い込んだ」はあり得ない。三船と飲んだ殴った話は仮に本当だとしても時系列に労働争議は関係ないしかなり後の話であろう

  9. 私の知識では、「旦那、勘弁しておくんなせい」と安藤氏が何度も嘆願したにもかかわらず暴行を受け、やむにやまれず反撃した。いきなり迎撃したわけでもないようです。

  10. 三船さんのファンですが。。。
    これは、三船さんが悪いと思います。

    世界の三船、酒癖の悪さも世界一?
    なんて、嫌な伝説は残してほしくないですが。
    ご家族も苦労されたんでは?と想います。

  11. 安藤組の興行への出演を断った石原裕次郎に対して安藤組が解散するまで嫌がらせを行い続けたという男の中の男。

  12. 蹴り飛ばしてそのまま殴り続けたら1週間じゃ済まないだろうが、実際はそこまでしてないのか、三船が硬いのかどっちなんだろ。

  13. 根本陸夫さんは大学時代から親しかったそうですね
    根本さんが在籍している間はどこのチームも反社関係のトラブルは起きなかった

  14. 三船の酒癖の悪さは伝説レベル。日本刀を振り回すのは日常茶飯事。家族の前でも。然しシラフ時は無茶苦茶ジェントルマンなんだよね。

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