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第75回は【巌流島決戦】最終章!1987年、新日本プロレスの人気が低迷する中、長州力の呼び掛けにより『世代闘争』が勃発!一方、猪木は事業による借金や離婚問題を抱えていた…。そんな中、長州のテレビ復帰戦が決まるのと時を同じくして、なんと猪木がマサ斎藤との巌流島決戦をぶち上げた…!前代未聞の無観客試合となった巌流島決戦は、一体どんな試合だったのか!?そして実はこの巌流島決戦は、別の選手同士による試合のはずだったというウワサも…!?巌流島決戦の舞台裏と、当時の猪木の心理を有田が紐解いていく!
※第一章はコチラ▷https://youtu.be/4qvf-LDLmx8
※第二章はコチラ▷https://youtu.be/mzq1j8pHnkc

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■この動画で有田さんがお話した大会・触れた大会
▶1987.10.4 新日本プロレス 巌流島
「巌流島決戦」
(アントニオ猪木 vs マサ斎藤)
▶1987.10.5 新日本プロレス 後楽園ホール
「’87闘魂シリーズ」
(長州力 vs 藤波辰巳|長州のテレビ復帰戦)
→ミスター高橋のコイントスで前田ではなく藤波が対戦相手に決定
▶1987.10.19 新日本プロレス 富士市吉原体育館
「’87闘魂シリーズ」
(藤波辰巳&長州力 vs アントニオ猪木&山田恵一)
→長州が藤波と決裂し「世代闘争」終結を宣言
▶1987.11.19 新日本プロレス 後楽園ホール
「’87JC争奪タッグ」(顔面蹴撃事件)
(前田・木戸・髙田 vs 長州・マサ斎藤・ヒロ斉藤)
▶1987.12.27 新日本プロレス 両国国技館
「イヤーエンド・イン・国技館」(TPG事件)

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■視聴者のみなさまへ
有田さんが記憶をもとにその場で語っているため、多少、言い間違えたり記憶違いをされていたりすることもあるかもしれませんが、そのあたりも含めて、ぜひ有田さんの熱いプロレストークをお楽しみ頂けたらと思います!(スタッフより)

※この動画は、感染防止対策を行った上で収録しております。

#有田哲平
#プロレス
#オマエ有田だろ
#福田充徳
#新日本プロレス
#njpw
#アントニオ猪木
#マサ斎藤
#長州力
#藤波辰爾
#巌流島

OP作詞作曲:MC JAPAN&GREEN BREW STUDIO
OPCG:斎藤良浩

©2022「有田哲平のプロレス噺【オマエ有田だろ!!】」プロジェクト

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41件のコメント

  1. 結果 いろいろ 物事が上手くいかない時期の アントニオ猪木の 憂さ晴らしに 付き合わされた マサ斉藤。まぁ~当時の猪木さんは いろいろ有りすぎて、ちゃぶ台返しが、したかったのかな?

  2. 結局、巌流島の戦いで、テレ朝、長州さんの世代闘争の路線を打ち下し
    、主役の座を勝ち取った猪木さんの勝ち!
    (ナウリーダー軍に関係ない当時若手の武藤さんを負け役にしたりと、やり方に疑問は残るがww)

    猪木さんの「テメェらの力で勝ち取ってみろ、バカヤロー」は試合の勝敗云々ではなく、そういう事だったのかな、と思ってしまいますね。

    引退試合の東京ドームで猪木さんと一緒に『1・2・3ダァー』をやれた事は最高の思い出になってしまった事は残念ですが、
    「ありがとう」🎶ボンバイエ🎶

  3. 上京前の熊本での生観戦の思い出を語ってもらえれば!
    有田さんは全日ファンだったから水前寺体育館での大仁田対ウルトラセブンは生でみたのかな?

  4. いやぁ、面白いなぁ😚
    物心ついた頃から、プロレスファン歴40年ですが、例えばこの1987年は小学生で、TVから流れてくる中継を、テーマや裏事情などを特に深く考えず、"まだ"真っ直ぐに観戦していた頃なので
    このチャンネルで、有田さんのこういう話を聴いて、当時を思い出して、改めて楽しませてもらってます😙
    福田さんの相槌やツッコミも、抜群に"チョードいい"!😆

  5. 12月12日現在、新日本プロレスワールドで巌流島決戦が無料配信されてますよ!

  6. 藤波さんが「巌流島で長州と」って話は初めて聞いたので興味深かったです。
    世代闘争で個人的に印象に残ってるのは週プロでサマーナイトフィーバーの記事を見た時に
    船木と並んでセコンドについてる初めて見る入りたての練習生がやけに存在感あって誰だこいつは・・と思っていたんですが、それが鈴木みのるでした。やけに印象に残りました。

  7. 正直、この頃の新日をよく知らなかったから、「猪木とマサ斉藤が巌流島で訳のわからん変な事した」位の認識だった。
    なるほど、背景と共に解説して貰えば、エモい。
    勉強になる。

  8. 最初は藤波さんのアイデアでしたね😊
    ひと言だけ出てた、上井さんは知り合いのお父さんでした。新日や平成維震軍の下関大会のチケットを色々とお世話になったなぁ

  9. 長州と藤波じゃあっさりした巌流島になってただろうなー
    泥臭さとは無縁の藤波
    自分が輝く事しか考えてない長州
    どっちが勝つにしてとせいぜい15分くらいで終わってたんじゃないか
    やっぱ猪木とマサだからこその2時間超の試合だし
    なんとなく説得力もあると言うか

  10. グラップラー刃牙の猪狩刃牙戦「全て…失っ…た…。客も…女も…全てなくしたッッッ。」っていうのがオーバーラップする1987年だったんだな。

  11. 猪木さんが巌流島でやりたいって言い出した時はてっきり「武蔵と小次郎のような、命がけの試合で決着をつけようじゃないか」って意味合いかと思ってたら、まさかの「ホンマに巌流島でやるんかいっ⁉️」って感じでした。

    コイントスでミスター高橋が「藤波!」って指差した時はワタシもガッカリしましたね~。
    長州vs前田はあのチャンスを逃したら、もう見れない気がしてたので(実際そうでしたけど)。

  12. 倒れながら「猪木…猪木!」と叫ぶマサさんが切なかったですね

  13. 島にある碑や渡船の壁の年表には、武蔵小次郎などに合わしてちゃんと10.4この闘いについての記載があります。現地にとっては驚天動地の大イベントやったことでせう。

  14. 巌流島から2年後の1989年に猪木さんは参議院議員選挙に立候補して政治家になる。
    思えば87年でプロレス燃え尽き症候群になったのかな?と。

  15. 何の背景も知らず、プロレスファンでもなく、マサ斎藤と猪木の巌流島を見ると、裸の男が暗い島で殴り合うという
    バカバカしいような、切ないような、狂っているような、異次元の映像が見れる
    裸の男が無人島で二時間組んずほぐれずするのを、プロレスファンは「なんだこれは」と思っただろうが、水曜スペシャルファンも「なんだこれは」と違う意味で思った

  16. この年、猪木は精神的に追い込まれていた事と自身のまだ主役をはりたいエゴによって、巌流島が実現。

  17. 偶然にも配信前日に巌流島に行きました。上陸したのはここかなとか、リングの場所はこのあたりかなとか考えながら。
    フェリーの中のアナウンスでも紹介されてましたね。

  18. 巌流島に旅行
    宮本、佐々木小次郎ではなく
    猪木とマササイトーの聖地に行きたかった

  19. 藤波と前田のコイントス、入場してきた前田のレガース下のシューズがトレーニングシューズだったので「あーこりゃ最初からドラゴンだわ〜」と失望しましたね。

  20. 13:50
    福田「もしかしたら、二人でこう励まし合って慰め合うような・・・」
    巌流島を観て感じていた違和感がこの言葉で氷解した。この結論まで至らせる有田哲平の語りは本当凄まじいな。

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