サッカーからビジネス、そしてコンディショニングまで
私自身も学びながら、動画を作っていきたいと思います!
是非チャンネル登録よろしくお願いします。
◆鈴木啓太(サッカー日本代表/経営者)
Twitter:https://twitter.com/keita13suzuki
◆鈴木啓太が代表を務めるaubの商品に興味がある方はこちら。
https://aubstore.com/
https://www.instagram.com/aubinc_official/
◆aubや腸活についての最新情報などをお届けしています。
LINE https://lin.ee/9vRQEto
◆YouTubeのお問い合わせは、こちらにお願いします。
https://aub.co.jp/enquiry/
31件のコメント
福西や小笠原もいたからなぁ
4人ともに違うタイプの最高峰が揃っていたが故のワクワクは視聴者としては感謝🎉が、当人からしたら…
俊輔はライバルって言ってるけどヒデとシンジから俊輔がライバルって言ってるのは聞いたことないから…そういうこと?
全員ライバルだから本田もライバル視したんだな 仲間なのに
本山!
結局中田なんだよね…真ん中でどんなに上手くててもドリブルで前に運べない奴は、なにも怖くないから…天才は小野、中村だったけど格上と中盤の取り合いできる強さの話になったら中田しか通用しなかったからね…あと小笠原かな強かったの。
未だに中田の様にボールを運べる選手は居ないんだけどね。
当時のヒデは本当にすごかった。トップ下で自由にやった方が良さが生きるんだけど、チームのためにボランチをやって、最後まで走ってくれた。かっこよかった
いう順番ミスってね
弱かったなぁ、、
このカルテットに福西が割って入ったんだから、福西は凄いのです
身体能力高くて潰しの効く福西が結局スタメンやったなぁ
結局本大会でスタメン勝ち取ったのは小笠原満男
「黄金のカルテット」、懐かしい言葉…。
中田ヒデ
「俊輔を、如何にフリーでプレーさせられるか。
アイツがフリーになれば、フィールドで最も力を発揮できる選手になる」
南アフリカW杯を総括した時に
オマエはこう言ってたよ。
サッカーの神様はまた俺に試練を与えた…。
いやいや、あのな
試練はイタリアにもスペインにもあったんだよ。
遡ればトルシエの時も
意気のいい本田が登場してきた時もあったんだよ。
けど、オマエは逃げた。
向き合わなかっただけなんだよ。
他責にして自分に矢印を向けずに逃げ続けただけなんだよ。
熱心なのはフリーキックのみだ。
試合中は自分がやりたいプレーを選択した。
相手が強くなればやりたいプレーなんて出来るわけないのにな。
マインドがガキでアマチュアだから
楽な方に居心地良い方に選択した結果がこうなった。
セルティックなら出来たんだよ。
オマエの気持ちいい、オマエにとってやりやすい、オマエが成立するサッカーが。
なぜって競争力のないリーグで常に優位な状況、心理状態でナーバスにならずにストレスなくやれてたから。
でもな年間でスリリングな試合がレンジャース戦とCLの数試合程度。
そりゃあ、いざって時になんにもできないよ。
『逆境、劣勢、窮地』このての経験値が圧倒的にオマエは足りてない。国際基準に達していない。
なぜならオマエはいつも向き合わず逃げてたから。
スペインの移籍は失敗だったとオマエは言ってたけど
スコットランドセルティックこそが失敗だったんだよ。
イタリアでの下位チームによる守備的な戦いも
スペインでの不慣れなポジションを任されたのも
オマエには大事な試練になるはずだった。
もしかしたら
イタリアでの経験から遠藤とポジション争いをしていたかもしれない。
スペインでの経験から本田との共闘を可能にしたかもしれない。
でも、オマエは逃げた。
いつもなにかのせいにして。
やらなかった。
だから、
なにひとつW杯でできなかった。
なにひとつ代表に残せなかった。
それでもオマエのファンはこう言うんだ。
つくづく俊輔はW杯に縁がなかったと…。
3度も挑戦するチャンスがあったのに?
オマエの心構えが、実力が、覚悟が、情熱が、準備が、夢が、努力が、マインドが、パーソナリティが、プロフェッショナルイズムが、
足りてなかっただけだろう?
トルシエ監督じゃなかったら…。
コンディションが万全だったら…。
慢性的な足首の怪我を抱えてなかったら…。
直前の戦術変更がなかったら…。
もういいって。
ウンザリだって。
そういうの。
非凡なものは確かにあったよ。
けど、オマエはやらなかった。
やれなかった。
それだけなんだよ。
俺はトルシエ期の俊輔が一番よかった
とおもってるよ。
シドニーオリンピック最終予選で平瀬につけたあのパス。あれは凄かった。その後のFKもなんなく決めた。
少なくともトルシエ期のオマエは試練に立ち向かってると感じたよ。
そして皮肉にもトルシエが一番プレーヤーとして成長させたね。
逆にストラカンはオマエのキャリアをダメにしたとおもうよ。
そのせいで限られた場面でしかみいだせない選手になってしまった。
それと長くなったが最後に。
南アフリカW杯は代表活動での集大成なはずだった。
当然、懸けてたよな?
なのにだよ。
代表歴も長く主軸を担ってたベテラン選手がこの期に及んで
神様だとか、試練だとか、試されてるだとか
平然と恥ずかしげもなく言えちゃう神経が意味がわからない。
本当に意味がわからないんだよ。
呆れるマジで呆れる。ビックリするって。
どうかしてるよ。
最期の最期まで他責だった。
そういうとこだよ。
いなは?
凄かったなぁあの時代
当時の攻撃的MFは人材豊富だったよね〜
やっぱ小野が一番意識する選手だったんだな
ヒデが三人をどう思ってたのか知りたいな
鹿島アントラーズ形のBOX442じゃなくて、、、、ミランやイタリアがピルロを中盤の底、レジスタ(アンカー)の位置で使ったダイヤ形442ならどうだったかなあと想像したり。
高原 柳沢
中村俊 中田英
小野 稲本
↓
高原 柳沢
中村俊
稲本 中田英
小野
だったら、どうだったかなあと思ったり。ワクワクしたもんだよ。
今も人材豊富なんだけど、俊輔がいた時の方のほうが凄かったなって思ってしまうのは、自分が老いたからなんだろうな😂
からの、ヤットも小笠原もけんごもいたし。ボランチは稲本から福西にレギュラー変わったし。
全バルっつったw
ジーコ、ファルカン、トニーニョ・セレーゾ、ソクラテスや!
やっぱり中田さんは別格だったんだね。
ワールドカップの成績云々はともかく、今から20年以上前に、あの4人がいたってすごいこと
とんでもねえメンバーだったよなって思いつつも今の代表にもそれ以上にワクワクしちゃう
2006年のドイツW杯のブラジル戦で解説者の原 博美が
「俊輔!見てちゃダメだよ、ボール追いかけなきゃぁ。見てないで追いかけろって!
この時代に冨安みたいなCBが居てくれたらな…相当強かったと思う。
せめて闘莉王を入れて欲しかった。