カレーをこよなく愛する大学生の久能整。ある日、身に覚えのない殺人事件の容疑をかけられ、警察署で取り調べを受けることに。しかし、刑事たちの矛盾や悩みを次々と指摘し、いつの間にか事件の謎までも解き明かしてしまう…。
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26件のコメント
病には勝てず、病気に負けて、って報道で聞いた覚えないんだけど気のせいかな。意識してないから聞き流してるだけ…?
「僕はそう思う」って言葉凄い大事だよな。皆どこか人が話した言葉を自分や世論に当てはめて否定して罵倒したりする、けどそれら全てたった1人の感想に過ぎない。「僕はそう思う」と言う事でそれは自分が勝手にそう思っている意になるし感想を否定された時相手は何も言えなくなる。
1番はそれを一個人の感想だと理解してることが大事だけどね。
小日向さんと菅田さんの演技、、、
2人だけなのに作品の重みも相まって
言葉一つひとつが重い話だな。
感動もあるけど納得やなるほど。そういう
考えや見方もあるのか。ってなるのが
ミステリと言う勿れだったよな。
続編やってくれないかな〜
医療っていうのは治る手助けをするだけだよ
医者が薬を出したり、腫瘍を摘出したとしてもすぐには病気は治らない。
結局最後に直すのは患者自身の回復力なんだから
闘病という言葉は間違ってない。
整の意見がこう否定されるの、なんか新鮮で、でも納得できて、こういう所がミステリというなかれの好きなとこなんよな。
あと、感動シーンで流れる、カメレオン。
アレマジ、どのドラマでも、終盤の感動シーンで流れてくるのよww頭の中で
いや、これホントそうなんっす
稲荷からなにまで、細々と考えるねえ〜疲れないかい??頭ん中。。
私は闘病でいいと思う言い方悪いかもだけど勝ち負けがあると思うからでも、なんかしっくりこないのは勝ち負けって普通は自分で努力して勝つ力をつけるのに病気はそうもいかない時がある。どんだけ行きたいと願って努力してもどうしようもない時があるからかな
これはそれぞれの視点の問題では
当事者にとっては闘い
整くん第三者にとっては闘いではない
どちらも通る
このドラマ、youtubeで見たけど面白かったなあ。そんな考え方もあるのか!と固まった頭には興味深く、菅田さんの魅力にきづき。ました
病を治そうとしない患者を治すのは医者にも無理…と言うし、病に勝つぞ!って気概は大事だし、九能のその時点での医療が負けただけってのも分かる…どちらが正解でどちらが間違ってるとかじゃないのがこの議論の面白いところだよなぁ。
当初、整は理屈っぽいこと云うけど…どっかぽやっとしてて嫌味にならない感じが良かった
菅田将暉がやるようになって原作とかも菅田将暉に寄っていったの?ってくらい畳み掛けるセリフが棘がある、鼻につく、ねじ伏せられる
実際生まれて数十年難病人やってるけど
死神も病気も腐れ縁の喧嘩仲間でしかないしな
俳優の演技はとても良いです。
久能君は1人で誰と話しているんでしょうね
これって実写のが好きって人多そう 私は漫画みたことないからわからんが
「負けて死ね!」
お互いの意見を聞いてわかった上で自分の意見を優しく述べている。素晴らしい話し合いだと思う
46年位前の鹿賀丈史感があるよね
医療を受けられるのが当たり前やと思ってるんかこいつ
生き物が死ぬとき、それは1つの例外もなく何かに負けて死にます。
それが老いなのか、病なのか、他の生き物に殺され食べられてなのかの違いはあってもそこは変わりません。
生きるということ、それ自体が闘争なのです。闘っていない、そんな風に思うのは食物連鎖の頂点に位置しているが為に思い上がっているだけです。
長期治療しているけれども、もう後世の為への病気の検体気分で治療している。
稼いだお金も治療に消えるし、保険適応しない治療は私にはまだ治る薬にはなってないし
病気でいるだけで医者にとって儲かる医療分野として、存在しているし、
病気にもよるだろうけど最短ルートで寛解することを医療は目指してないし
誰も勝負してないよ。
言うて「病に負けて」って言うか…?w
これ多分、制作とか発表の時点でコロナ禍の主題、コロナに負けるなとかのやつがあって、SNSとかで長く紛糾してたし、仄めかしくらいの分かる人に分かれば良いみたいな感じでやってたけど今はもう当時の空気とか忘れられてさらに一層分かりにくくなった感じなのかなとか思ったけど、原作発表時期を考えると微妙か。飲食店の苦境とコロナ如きでというタイプの世論諸々みたいなのを小日向文世が代表していて、感染症対策と補償をもっとしっかりしましょうみたいな思潮を菅田将暉が代表している感じがする。割と保守VSリベラルとされてきた構図。ただ、小日向文世が反論として、病気と闘うという気力が必要な事もあるという風に言っているように、考えさせる構造というか、この点での決着はここで付けさせていないように見えるのだけど、制作意図は心情的には多分菅田将暉寄り、みたいな感じかなと。もう少し複雑に交錯させているかもしれないけれど。医療の敗北っていうのも当時よく言われた医療破綻の問題が浮かんでくるけど、ややこしい議論が多かったし、もしそういう時事的な主題を含めてあるとしても敢えて両者にいくらか分散させて交錯させているのかもしれない。でも何にしても時期的に微妙だし勝手な妄想の可能性も高いな。しかし改めて見るとどっちもやっぱり凄い役者だし菅田将暉は格好良いなと思う。やっぱり色々言われても今良い役者さん沢山居るよね。
今より病気に抗うのに気合が大事な時代もあったのよ
これはほんと浅いセリフだな
病気に勝った負けたっていうのとその人が勝った負けたっていうのとはなんていうか違うんだけどな
病に負けて…ってどこが亡くなった人を鞭打ってるんだよ
そういう発想に至るそいつがおかしい