Share Facebook Twitter LinkedIn Pinterest Bluesky Reddit Threads 人生において知っておくべきことがあります。 #もぎけんの時事評論 #茂木健一郎 #脳の教養チャンネル Celebrity 桂田社長
credo 99 on 2022-04-28 3:18 am ご機嫌よう、茂木 健一郎先生いつも、示唆に富んだ YouTube 動画を拝見することは愉しみに致しています。概ね、今回、茂木先生が仰られたことは同意いたします。但し、あくまでも個人的な体験では在りますが、二十五年間、在宅で「最愛の父と母の介護」をさせてもらっていました。そして、両親とも吾輩の目の前で「大往生」を遂げたことで「介護」の区切りが付いています。顧れば、基本的には「公的な医療」と「公的な介護」に父も母もお世話になっていました。それらに加えて、長男として出来る「看病」と「介護」に勤めてまいりました。その一つに、日常の交通の移動手段として「クラシックカー」に両親を乗せて暮らしていました。そして、周りの人々からは笑顔で以って迎えられていることに気付きました。と同時に、父も母も心身ともに快調な様子を見せていました。自称、『介護貴族』として、いつも両親の側に寄り添える「介護」に仕合わせを感じるに到っていました。でも、この体験を一般化して「介護」に関わっているご家族の方々に申し伝えることは出来兼ねます。なぜならば、吾輩の最愛の父と母と共に歩んで来た『介護貴族』は余りにも「ハイリスク&ハイリターン」で在ったからです。また、「クラシックカー」に同乗していた両親は恰も「ピカソ」で在り「チャップリン」で在ったことを知らされたことは、特別な「神からの啓示」でも在りました。爾来、「介護とは個々別々の遣り方が在る」と言うダイナミックなコスモロジーで在るとの持論から、決して「介護」は第三者に強要すべきではないと確信いたしています。よって、凡そ理想の「介護」とは有り得ないとも思っています。せいぜい「介護」については、個人的な参考意見を述べるに留めています。茂木先生の仰せの通り、吾輩も父と母の尊い一命に関わる「介護」には貢献すべきではなかったのかも知れませんね。でも、現実には待ったなしの介護が躊躇なく始まり周りの方々に支えられての「試行錯誤」の連続でした。神の思し召として言えることは、吾輩が神に仕える身で在ることが神のご加護の元に慈悲の心を抱いて両親の介護に勤められたのでしょう。故に、一般の人々は社会人として「介護三昧」に身を置く必要は強 (アナガ) ち無いと思っています。多様な社会では、それぞれ活躍の場が与えられているからです。対して、その選ばれし使命を神から賜ったことには、とても感謝いたしています。また、父も母も自らの老いと病や怪我を長男で在る吾輩に託してもらっていたことには、改めて両親の愛情を感じていましたが。ついつい「長文のコメント」になってしまいましたことを、悪しからずご海容ください。引き続き、茂木先生の YouTube 動画を拝見させて頂きます。季節柄、くれぐれもお身体をお大切になさってくださいね… 合掌
K M on 2022-04-28 4:37 am そもそも船も金儲けの手段としか見ていなくて、人の命に関わるという意識さえあったんでしょうかね。土下座なんて関係ないので二度と同じようなことが起こらないようにするために徹底的に原因と責任を追求してほしいと思います。
新しい原始人のLifeLog on 2022-04-28 8:03 am 本当にごもっともだと思います。ただ、ポロンちゃんはトイローヤル社の大量生産品なのであり芸術やオリジナリティーを語る上でそれはちょっと説得力に欠ける、、、自分で創作すべきなのでは。
菊地道夫 Official YouTube チャンネル on 2022-04-28 8:56 am 確かに謝罪会見の場で赤のネクタイはあまりに場違いだと思います。ただ、その見解は「社会性」という前提があって初めて認識される考え方でしょう。世の中には(芸術家を中心として)「社会性」を重視しない(あるいは社会性が無い)人もたくさんいるという事実について茂木健一郎さんはどうお考えでしょうか? それを知りたいです。
秋ルル on 2022-04-28 11:11 am 私も命のことを思いました。年ごとにお医者様にも感謝しています。工業系の多い私の街、事業と安全はセットだと経営者の身内が亡くなってより、知りました。(安全がとても厳しく私に社長は勤まらないと)そういう厳しさがあって日常が保たれている。色んな不運が重なったけど酷い。楽しみに船に乗ったでしょう、私は死の断末魔というのを少し考えてしまいます。遺族の言っていたこと、無念さが解ります、突然ですものね。風流人の二代目だったの?でしょうか。だから今の経営ノウハウにしか従わなかったのかな知床の観光船はTVでも見てたし…ですね。
たましろ on 2022-04-29 1:16 pm 赤いネクタイとマスクで顔をかくしているのは誠意がないと言われ、次の日、献花台に訪れたときは黒いネクタイをして、フェイスシールドをつけて来ていたが、肝心の花は持参していなかった。。夜にまた花を持って行ったらしい。 会社でめちゃめちゃ仕事できない、言われたことしかできないおじさんに似ている。でもそんな人が社長になってはいけないと思った。田舎で余程人材がいないのか分からないけど。
与方藤士朗 on 2022-04-29 9:04 pm まさに、茂木さんのおっしゃる通りで、あのシャチョウサンの本質が赤のネクタイで出てきたところが本質だということからトレースしていくと、これまでと今後のそのシャチョウサンの動きはすべて説明できるのではないかと思われました。しかし何でしょう、赤ネクタイで土下座・・・。正直、勘弁してほしいですね。
坂口秀子 on 2022-05-01 1:33 am おっしゃるとおり、命に直結することの判断にオリジナリティは必要なく、ましてや個人のこだわりなど、もってのほかだと思います。トップの偏った判断で戦争や大事故を起こして、人の命がこんなに軽いものと見られていることに悲しすぎます。
21件のコメント
社会も人間もほんま面倒臭い
本当、悲しい
命は取り返しがつかないですからね
以前、小室圭さんを否定系的とかいってたから
弁護士に向いてないってことになるかな
ご機嫌よう、茂木 健一郎先生
いつも、示唆に富んだ YouTube 動画を拝見することは愉しみに致しています。
概ね、今回、茂木先生が仰られたことは同意いたします。但し、あくまでも個人的な体験では在りますが、二十五年間、在宅で「最愛の父と母の介護」をさせてもらっていました。そして、両親とも吾輩の目の前で「大往生」を遂げたことで「介護」の区切りが付いています。顧れば、基本的には「公的な医療」と「公的な介護」に父も母もお世話になっていました。それらに加えて、長男として出来る「看病」と「介護」に勤めてまいりました。その一つに、日常の交通の移動手段として「クラシックカー」に両親を乗せて暮らしていました。そして、周りの人々からは笑顔で以って迎えられていることに気付きました。と同時に、父も母も心身ともに快調な様子を見せていました。自称、『介護貴族』として、いつも両親の側に寄り添える「介護」に仕合わせを感じるに到っていました。
でも、この体験を一般化して「介護」に関わっているご家族の方々に申し伝えることは出来兼ねます。なぜならば、吾輩の最愛の父と母と共に歩んで来た『介護貴族』は余りにも「ハイリスク&ハイリターン」で在ったからです。また、「クラシックカー」に同乗していた両親は恰も「ピカソ」で在り「チャップリン」で在ったことを知らされたことは、特別な「神からの啓示」でも在りました。爾来、「介護とは個々別々の遣り方が在る」と言うダイナミックなコスモロジーで在るとの持論から、決して「介護」は第三者に強要すべきではないと確信いたしています。よって、凡そ理想の「介護」とは有り得ないとも思っています。せいぜい「介護」については、個人的な参考意見を述べるに留めています。
茂木先生の仰せの通り、吾輩も父と母の尊い一命に関わる「介護」には貢献すべきではなかったのかも知れませんね。でも、現実には待ったなしの介護が躊躇なく始まり周りの方々に支えられての「試行錯誤」の連続でした。神の思し召として言えることは、吾輩が神に仕える身で在ることが神のご加護の元に慈悲の心を抱いて両親の介護に勤められたのでしょう。故に、一般の人々は社会人として「介護三昧」に身を置く必要は強 (アナガ) ち無いと思っています。多様な社会では、それぞれ活躍の場が与えられているからです。対して、その選ばれし使命を神から賜ったことには、とても感謝いたしています。また、父も母も自らの老いと病や怪我を長男で在る吾輩に託してもらっていたことには、改めて両親の愛情を感じていましたが。
ついつい「長文のコメント」になってしまいましたことを、悪しからずご海容ください。引き続き、茂木先生の YouTube 動画を拝見させて頂きます。季節柄、くれぐれもお身体をお大切になさってくださいね… 合掌
そもそも船も金儲けの手段としか見ていなくて、人の命に関わるという意識さえあったんでしょうかね。
土下座なんて関係ないので二度と同じようなことが起こらないようにするために徹底的に原因と責任を追求してほしいと思います。
本当にごもっともだと思います。ただ、ポロンちゃんはトイローヤル社の大量生産品なのであり芸術やオリジナリティーを語る上でそれはちょっと説得力に欠ける、、、自分で創作すべきなのでは。
確かに謝罪会見の場で赤のネクタイはあまりに場違いだと思います。ただ、その見解は「社会性」という前提があって初めて認識される考え方でしょう。世の中には(芸術家を中心として)「社会性」を重視しない(あるいは社会性が無い)人もたくさんいるという事実について茂木健一郎さんはどうお考えでしょうか? それを知りたいです。
私も命のことを思いました。年ごとにお医者様にも感謝しています。工業系の多い私の街、事業と安全はセットだと経営者の身内が亡くなってより、知りました。(安全がとても厳しく私に社長は勤まらないと)
そういう厳しさがあって日常が保たれている。色んな不運が重なったけど酷い。
楽しみに船に乗ったでしょう、私は死の断末魔というのを少し考えてしまいます。遺族の言っていたこと、無念さが解ります、突然ですものね。
風流人の二代目だったの?でしょうか。だから今の経営ノウハウにしか従わなかったのかな
知床の観光船はTVでも見てたし…ですね。
赤いネクタイを見ると、アメリカ大統領のイメージが浮かんできます。
商談とか演説の時であれば問題なかったのに、残念な方です、、、。
嫁さんの出産日だったようです…
まぁ、本人も混乱してると思うって前提だけど周りの人が指摘してあげろよっては思うけど、その周りも居ないのかぁ
一般常識の範囲を相手に求めるときにいつも悩む。
先生のおっしゃる通りだと思います。私も身の振り方を考える時はそういう所も考えて行動します。
なるほどなー
急におすすめで出てきたので、サムネで謝罪動画かと思ってしまいました
どうでもいいでしょ、そんなこと
髪w
赤いネクタイとマスクで顔をかくしているのは誠意がないと言われ、次の日、献花台に訪れたときは黒いネクタイをして、フェイスシールドをつけて来ていたが、肝心の花は持参していなかった。。
夜にまた花を持って行ったらしい。
会社でめちゃめちゃ仕事できない、言われたことしかできないおじさんに似ている。
でもそんな人が社長になってはいけないと思った。
田舎で余程人材がいないのか分からないけど。
まさに、茂木さんのおっしゃる通りで、あのシャチョウサンの本質が赤のネクタイで出てきたところが本質だということからトレースしていくと、これまでと今後のそのシャチョウサンの動きはすべて説明できるのではないかと思われました。
しかし何でしょう、赤ネクタイで土下座・・・。
正直、勘弁してほしいですね。
おっしゃるとおり、命に直結することの判断にオリジナリティは必要なく、ましてや個人のこだわりなど、もってのほかだと思います。
トップの偏った判断で戦争や大事故を起こして、人の命がこんなに軽いものと見られていることに悲しすぎます。
非典型的な人は自分自身が非典型的な人だと気づけるのか?が気になった。