お笑いコンビ・ナインティナインが、12日深夜放送のニッポン放送『ナインティナインのオールナイトニッポン(ANN)』(毎週木曜 深1:00)に出演。11日に亡くなったお笑いトリオ・ダチョウ倶楽部の上島竜兵さん(享年61)を追悼した。

 冒頭で、岡村隆史が「ちょっと残念なニュースといいますか、悲しいニュースが入ってきまして。びっくりしました。えっていう。この間、お仕事をしたところやったんです。楽屋に来てくれはって『岡村くんおめでとう』と。子ども生まれたっていうことでお祝いもいただいて。その時もすごく楽しい収録で、いつも通り、上島さんっぽい感じで。残念ですよね。年末にも絡ませてもらったじゃないですか。大みそかのやつで。最後に、上島さんからあいさつお願いしますって言われた時に『最高の年またぎになったよ』って。らしさ全開のあいさつがあったんですけど。我々、若い頃からお世話になってきましたから」とコメント。

 矢部浩之が「『お笑いウルトラクイズ』、我々が何もわからない時期で…」と切り出すと、岡村は「前に出ていけない時に『前に出ていいんだよ』って言ってくれて。やさしかったよね」としみじみ。矢部が「上島さん、出川さんは、その時のオレらからしたら輝いて見えた。誰が一番笑っているって、たけしさんなんよね」と振り返った。

 また、岡村は「オレらは、奇跡的にギャグが生まれる瞬間に立ち会って。『どうぞどうぞ』っていうギャグ。『ナイナイナ』のロケの時に、たまたま、バンジージャンプをやる時に生まれたのよ。その瞬間に立ち会っていたのよ。すごかったよね」と回顧。「いろいろやってもらったし。特にオレなんか、志村さんと飲みに行かせてもらうこともあったから、上島さんもいてくれはって。笑いの話。まだまだ見てみたいなっていう思いはあったんですけどね」と呼びかけた。

 矢部が「ホンマに絶句ですよ」と率直な思いを打ち明けると、岡村は「どういうあれか、わからないですけど、まだまだおでん芸とかも見たかったですし、そういうのもやってほしかったなと。ちょっと残念ですよね。ラジオでこういうことを言わないといけないのは残念です」としのんだ。その後も、2人で時折笑いも交えながら、上島さんの人柄が伝わる思い出トークを行った。

 ダチョウ倶楽部の十八番ギャグのひとつ「どうぞどうぞ」は、かつて放送されていたテレビ朝日系『ナイナイナ』の中で誕生。バンジージャンプを嫌がった上島を見て、肥後克広と寺門ジモン「じゃあ、オレがやるよ」と切り出し、上島さんが「じゃあ、オレがやるよ」と話したところから生まれたものだった。

 番組の模様は、放送後1週間以内は「radiko」で聞くことができる。

 上島さんは1961年1月20日生まれ。兵庫県出身。高校卒業後、俳優を志し上京。その後、お笑い芸人の道に進み、85年にダチョウ倶楽部を結成した。肥後克広・寺門ジモンとともにバラエティー番組で活躍し、「聞いてないよォ」(93年の流行語大賞大衆部門・銀賞)「ヤー!」「ムッシュムラムラ」などのギャグで人気を博した。

 また「絶対に押すなよ!」と言いつつも熱湯風呂に落とされるギャグのほか、帽子を回転させてかぶり直す「くるりんぱ!」、互いに怒りながら次第に近づいてキスをするギャグなど、幅広い世代に親しまれた。

■「日本いのちの電話」
ナビダイヤル:0570-783-556(午前10時~午後10時)
フリーダイヤル:0120-783-556(毎日・午後4時~午後9時/毎月10日・午前8時~翌日午前8時)

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20件のコメント

  1. 人を笑わせるために体張ってたのに、最後にこんな悲しませて終わるのどうなんよ。。

  2. 訃報を聞いた時の「エピソード」???
    エピソードって言い方おかしいだろ!!
    頭いかれてんのかよ!!

    エピソード〘名〙 (episode)
    ① ある作品の中にはめこまれた、本筋とはあまり関係のない、それなりにまとまった挿話
    ② 事柄について、具体的に示す、ちょっとした出来事

  3. いつからこういう時の最後いのちの電話ダイヤルが出るようになった。。?
    他で調べててもそう。

  4. 思い出すのは、私が小学生の頃にパオパオチャンネルでやってた「ダチョウ倶楽部のプロレス天気予報」です。
    当時は電撃ネットワークの南部さんもいて4人のダチョウ倶楽部でした。何曜日だったかな……
    思い起こせば人気が出る前の出演でしたが、結局、脱退した南部さんが結成した電撃ネットワークの方が先に有名になってしまった。
    それからダチョウが南部さんを、南部さんがダチョウに在籍していた事を公の場で積極的に話すこともなく、
    先日、南部さんが追悼コメントで(私の記憶している限りでは初めて)「元ダチョウ倶楽部」と言って下さったことに感激しました。

    上島さんの芸は、ちょっと際どいものもあったかもしれませんが、子供から大人まで楽しめる芸だったと思います。
    そして今回の事で「自殺はよくない」と多くの人は思うと思います。
    私もそう思いますが、本人の気持ちを考えると、全てを理解できるわけではないので100%否定する事は出来ません。
    ただ、もう少し後の世代まで笑いを伝えて欲しかったな、というやるせない気持ちだけが残っています。
    他の動画で見ましたが、上島さん、ダチョウ倶楽部として、恵比寿マスカットのライブの仕事が今月あったのにね……

    心よりご冥福をお祈り申し上げます。
    小学生の頃から40代半ばまで楽しませて頂き、本当にありがとうございました。

  5. コメントで悲しいとか言っているけど、3カ月後にはなんとも思っていないと思う。自分もその一人、怖いよなんか。

  6. 別にどうでも良いけど、志村けんファミリー的に言うと、そのお笑いとしては、寂しく感じるし、そこで出会えた人達や仲良くして下さった人、色々な人に囲まれて、

  7. この結末が予想できたならば有吉も、葬式イジリや「志村けんが呼んでる」発言はしなかっただろうと思う。それは「竜兵会は金づる」発言の土田も同じことが言える。
    二人は上島竜兵が自殺する人間だという可能性を、全く思い浮かべることが無かったのだろう。
    要するに、どんなに親しい間柄であっても、他人の本心の全てを理解することは不可能なのだ。
    「俺はあいつのことを理解できている(=だから、少しぐらい非道いことを言っても大丈夫)」と軽く考えること、これは完全に思い上がりでしかない。
    イジリ芸というのは、人間の心を切り裂く凶器になりうる危険なお笑いだということを、もう少し我々は真剣に考えるべきではないだろうか?

  8. 真面目な話岡村と同じように上島も休めばよかったと思うんだよな、休む事で自分の精神状態を客観的に見れるようになったりするし、心身の疲れが取れれば衝動的に死にたくなる事もないだろうし
    せめて奥さんかメンバーかマネージャーの誰か1人にでも相談出来てればな…

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