【テレビの記憶】三宅恵介と「オレたちひょうきん族」を語ろう!⑤<明石家さんまの巻>

ひょうきん族が生み出した大スターのひとり「明石家さんま」!
ブラックデビル、アミダババア、知っとるけ、、数々の名物キャラクターと流行語を生み出した明石家さんまの努力とは?
ひょうきん族ファンなら必見!
裏話が満載の対談動画第5弾!

【この動画に登場している記憶の投稿はこちら!】
▼「オレたちひょうきん族」の記憶の投稿はこちら
https://kioku.tv/program/3801

★この動画は雑誌「昭和50年男」で連載中!★
https://showa-club.com/collections/sh…
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000…

【みんなのテレビの記憶とは?】
子供の頃、親に泣きながら見せてほしいと懇願したテレビ。
思春期にアイドルを好きになりドキドキして放送時間を待ったテレビ。
大人になるための一歩一歩を教えてくれたのもテレビでした。
2023年に70歳を迎える日本のテレビとは何だったのか?これを表すのは『みんな一人一人のテレビの記憶』を集めるのが一番いいと考えました。それもそれぞれを作った人と見ていた人両方の記憶があれば!
戦後間もない日本で生まれ高度成長期、安定期、停滞期の日本で作られた数十万、数百万のテレビ番組の記憶を残す。
「人が作ったものが人の心を動かした」ことの意味を集合知として後世に残していくプロジェクトです。

「みんなのテレビの記憶」主宰 土屋敏男

▼「みんなのテレビの記憶」オフィシャルサイト
https://kioku.tv
–あの時のテレビ番組表を見てみよう!
https://kioku.tv/#Guide

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4件のコメント

  1. 東京から見ると「さんまさんは漫才ブームに乗ってない」という見え方なのか。関西でずっと見てると、それこそ「ヤングおー!おー!」時代の若手共演者が漫才ブームに乗った人なので阿吽の呼吸。
    ドラマコントが上手いのは吉本が多くコメディ番組作っててそれにも出てた。
    たけし・タモリと主役級年長者への立ち居振る舞い達者さは、大阪でも、仁鶴・やすきよ・三枝といった大看板相手に十分磨かれた下地あったと思いますね。
    さんまさんは間違いなく、漫才ブームに上手く乗っかった方だと思います。

  2. 明石家さんま研究の第一人者のエムカク氏も分析されていましたが、明石家さんまのひょうきん族における成り上がりは「末席から看板へ」という評価がまさにぴったりだと思います

  3. ここまでのひょうきんを語る動画を見て胸が熱くなって涙ぐみました!私にとってのひょうきん族はいまだにバラエティの金字塔です

  4. 出たがりプロデューサーしかなかった三宅恵介さん。
    違いますよ。タモリさんよりはるかに売れていた明石家さんまさん、お昼のレギュラーなどするはずもなく、タモリさんはいいともで売れたのです。30歳からのデビューですから。

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