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9件のコメント

  1. 撮影が遅々として進まなかったのが原因かもそんな時に日活から当時制作主任だった後に石原プロ専務の小林正彦が現れて「裕次郎さん、ウチの映画にも出て下さいよ」と撮影の妨害に来た。裕次郎が「丁度よかった小林さん撮影が遅れてるからなんとかしてくれないか」と頼まれ小林は「台本見せて下さい、順番を考えますから」と一晩で撮影手順を考えた。結局、ミイラ取りはミイラになった。

  2. 安藤昇(安藤組組長兼俳優)と飲んだ時も、散々絡みまくった。
    最初は苦笑いしながら、あしらっていた安藤も、堪忍袋の緒が切れたのか「三船ェ!
    テメェいい加減にしねェか💢」とブチ切れ、三船をボッコボコに殴った挙げ句、外にたたき出したそう。

  3. 実際、三船氏は危険である。
    酔っぱらって家の中で日本刀を抜き、部屋中をズタズタに切り裂くので家族は避難しないといけなかった。
    黒澤明邸に猟銃を撃ち込んだ時は、黒澤、三船はじめ東宝幹部の多くが成城在住で、ご近所を抑えてなんとか警察沙汰にせずに済んだのであった。

  4. 自分の竿を他人の頭に乗っけて「チョンマゲ」という最低芸も泥酔した三船氏がやりはじめたとかなんとか……山城新伍さんが昔言ってた

  5. 三船敏郎の実質的なデビュー作『銀嶺の果て』の監督・谷口千吉曰く、三船君は普段は寡黙で山でのロケでも重い照明器具を担いでくれたりして親切な男だが、酔うと人が変わって物凄かったと。

  6. 三船氏のあまりに凄すぎる酒癖の影に隠れて見えないが、仲代達矢氏も呑むと大抵のものだ。
    若い頃、酔って日比谷地下道の蛍光灯を、拳から血を流しながら一器ずつ割って歩いて警察に捕まった。
    剣呑で、家から母上や姉上を呼んでも抑えが利かないかも知れない。
    やむ得ず俳優座に連絡して、養成所同期の佐藤慶氏が身元引受人として、警察に行った。
    そして、黒澤作品でなく、五社英雄監督『御用金』のロケ先宿で、酒の上から三船VS仲代の喧嘩が勃発した。
    実状は誰も語らないが、あの責任感の強い三船氏が、旅館の下駄で東京迄帰ってしまい、そのまま仕事を放棄したのだから相当に酷い喧嘩だったに違いない。
    三船氏の出演シーンを全て代役で撮り直さねばならない。そんな時間があるか? そもそも、
    「三船敏郎の代役」
    なんか、誰にすればいいのか?
    五社監督と責任を感じた仲代氏は頭を抱えた。
    結果として、仲代氏が直接頭を下げてオファーを入れた萬屋錦之介氏が代役を引き受けると云う、ウルトラC的解決になった。
    しかし、それには更に裏があり、五社監督、三船氏、仲代氏、東宝幹部、東映幹部とも昵懇で、喧嘩のロケ先宿に共演者として居合わせた丹波先生が、東映『仇討ち』の鬼気迫るシーンで共演してよしみのある錦之助氏に、仲代氏が挨拶に行けるよう根回したのである。
    __皆さん。
    丹波先生のあの規格外な振る舞いが芸能界で罷り通っているのは、俳優としての存在感ばかりでなく、そう云う事があっての上なのであり、よりそちらの存在感のほうが大きいとさえ言えるのです。
    …と、一映画ファンから言っておきます。

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